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東京地方裁判所八王子支部 平成4年(ワ)54号 判決 1998年9月21日

原告(反訴被告)

松本作造

ほか一名

被告(反訴原告)

八木郁夫

主文

一  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)松本作造に対し、金二八六九万七八四三円及び内金二六一九万七八四三円に対する平成二年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)松本槙子に対し、金二八六九万七八四三円及び内金二六一九万七八四三円に対する平成二年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  本訴原告ら(反訴被告ら)のその余の各本訴請求をいずれも棄却する。

四  本訴被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを三分し、その一を本訴原告ら(反訴被告ら)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

六  この判決は、第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)松本作造に対し、金五六八六万七〇四二円及び右金員の内金五四三六万七〇四二円に対する平成二年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)松本槙子に対し、金五六八六万七〇四二円及び右金員の内金五四三六万七〇四二円に対する平成二年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告ら(反訴被告ら)に対し、別紙一記載の謝罪文を交付せよ。

4  訴訟費用は本訴被告(反訴原告)の負担とする。

5  第1項、第2項につき仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  本訴原告ら(反訴被告ら)の各本訴請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は本訴原告ら(反訴被告ら)の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  反訴被告ら(本訴原告ら)は、反訴原告(本訴被告)に対し、各金一六八万四一八一円及びこれに対する平成二年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は反訴被告ら(本訴原告ら)の負担とする。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  反訴原告(本訴被告)の請求を棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告(本訴被告)の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  本訴原告(反訴被告)松本作造(以下、「原告作造」という。)は、訴外亡松本大知(以下「大知」という。)の父親であり、本訴原告(反訴被告)松本槙子(以下、「原告槙子」という。)は、大知の母親である(以下、原告作造と原告槙子をあわせて「原告ら」という。)。

2  交通事故の発生(以下、この交通事故を「本件事故」という。)

(一) 日時 平成二年六月一六日午後五時三〇分ころ

(二) 場所 東京都八王子市南浅川町四一六五先国道二〇号線上(以下、「本件事故現場」という。)

(三) 態様 本件事故現場付近を北西から東へ向けて走行していた大知運転の自動二輪車(車両番号八王子す一八四〇号、以下、「松本車」という。)と、本件事故現場付近を東から北西へ向けて走行していた本訴被告(反訴原告)である八木郁夫(以下、「被告」という。)が運転する自動二輪車(車両番号一多摩つ四八一九号、以下、「被告車」という。)が接触した。

3  責任原因

被告は、外回りカーブをスピードを出し車体を傾斜させて運転する、いわゆる「攻め」と呼ばれる走法の練習をしていたところ、本件事故現場より東方所在のあずさ霊園入り口を出発し、東方から西方に向けて時速約九〇キロメートルまで加速し、本件事故現場のカーブにさしかかったが、自動二輪車運転者としては、前方を注視し、カーブ先の進路の安全、とりわけ対向車線走行の車両を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と前記速度に加速したまま進行し、かつ、右カーブ地点で、車体を傾斜させる、いわゆる「ハング・オン」という姿勢を取り、被告車の右ハンドル部分、ミラー右側部分及び被告の身体を対向車線内に侵入させて走行した過失により、折から対向車線を自動二輪車で走行してきた松本車に被告車を接触させ、大知を路上に転倒させて、頸骨骨折等により死亡せしめるに至った。

したがって、被告は、民法七〇九条に基づき、大知及び原告らが被った損害を賠償する責任を負う。

4  被告車と松本車との接触の状況及び大知の死亡

松本車は、上り車線中央ややセンターライン寄りを時速約四〇ないし五〇キロメートルで本件事故現場のカーブにさしかかった。被告車は、下り車線を時速約九〇キロメートル、バンク角約四〇度で、被告の身体及び車両の一部を対向車線(大知側車線)に大きく侵入させた状態で走行してきた。大知は被告車を発見して驚き、下り車線側に多少近づく形になった。被告は、接触の約〇・二ないし〇・三秒前から起き上がり始めたが間に合わず、対向車線(大知側車線)に上体及び車両上部を侵入させたまま、被告車の右バックミラー又は被告の右上腕部を松本車の右ハンドル部に接触させた。右接触により、大知はハンドル操作不安定となり、センターラインを越えて行き、後輪を前方に押し出すような形で左側面から転倒し、死因となる頸骨骨折を負った。その後、転倒した松本車は、下り車線を横切る状態で流れ、センターライン近くを走行していた被告の後続車両である和田車と衝突した後、さらにその後続車両である三村車と衝突した。

被告車は、松本車との接触により立ち上がって直進し、ブレーキを踏むも間に合わず、本件事故現場のカーブ外側のガードレールを車両ごと飛び越えて外側の草むらに転倒した。その際、現場路面(路側帯)にブレーキ痕を残した。

他方、松本車は、前記のとおりハンドル部の接触により車体がふらついた結果、前輪がセンターライン側に振られたため、車体を立て直そうとすると共に急ブレーキをかけたが、車体は安定せぬまま後輪側から前方に流される形で左に転倒し、そのまま大知の身体と車両は、後輪から、被告の後続であった和田、三村らの進行方向に流れ、和田、三村の各車両と接触したうえ、ガードレールに衝突して停止した。本件事故直後の大知の脈拍は約二〇しかなく、大知は救急車で東京医科大学八王子医療センター(以下「八王子医療センター」という)に運ばれたが、平成二年六月一六日午後六時二〇分ころ、同病院において死亡した。

5  被告の原告らに対する名誉毀損行為

被告は、平成二年六月一六日、警察官を通じて情報が新聞社等に伝播し報道されることを確知しながら、ことさら警察官に本件事故は大知の一方的なスピード違反及びセンターラインオーバーによって生じたとの虚偽供述をした。その結果、平成二年六月一八日付け読売新聞多摩版にこれに沿った記事が掲載され、大知の名が実名で報道された。被告は事故時後続していた三村らにも事故原因を右のとおり虚偽供述し、大知に責任を転嫁した。

被告の右言動により大知の名誉が毀損され、その両親である原告らの名誉も「事故加害者の親」という外形を作出されたことにより毀損された。

6  損害

(一) 大知の損害 合計七八三八万四〇八四円

原告らは、以下の大知の損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

(1) 逸失利益 五二二〇万七六一四円

大知は、本件事故当時、一七歳の男子高校生であり、本件事故がなければ少なくとも、一八歳から六七歳まで四九年間は就労し、二二歳以降は大学卒男子平均年収と同程度の収入を得ることができたものであり、平成元年賃金センサスによれば、大学卒男子平均年収は五八〇万八三〇〇円であり、右年収を基礎とし、生活費を五〇パーセント控除し、ライプニッツ係数により中間利息を控除(一七歳に相当する係数は一七・九七六九となる。)して算定すると、その金額は五二二〇万七六一四円となる。

(2) 慰謝料 二五〇〇万円

大知が本件事故により精神的苦痛を受けたことは明らかであり、事故後の警察や原告らへの対応、被告の応訴態度等諸般の事情を考慮すれば、右精神的苦痛に対する慰謝料は、二五〇〇万円が相当である。

(3) 医療費等 一七万六四七〇円

<1> 八王子医療センターでの治療費 一五万七九三〇円

<2> レッカー移動費 一万八五四〇円

(4) 葬儀費 一〇〇万円

原告らは、大知の父母であり、大知の葬儀費用として一〇〇万円を超える額の出費をした。このうち、一〇〇万円を損害として請求する。

(二) 原告ら固有の損害 合計三〇三五万円

(1) 名誉毀損のための調査に要した費用 二〇〇〇万円

原告らは、被告が警察に対してなした虚偽の供述による名誉毀損行為に対し、真実を明らかにするための調査活動を続けてきた。原告らが右調査活動に費やした時間は、平日でも平均約二時間、土・日曜は平均約一〇時間であり、毎週平均三〇時間以上になっており、平成二年六月二一日から平成九年一月まで、七〇〇〇時間以上に達している。原告らは右の時間を事故原因の究明のために費やさざるをえなかったことにより多大の損害を被ったが、これを金銭に換算すると、少なくとも一時間当たり五〇〇〇円を下らないので、実損害額は三五〇〇万円に及んでいるが、本訴においてはこのうち二〇〇〇万円を一部請求する。

(2) 慰謝料 八〇〇万円

被告の原告らに対する事故直後の名誉毀損行為のみならず、その後の長年にわたる嘘の供述等により、原告らは、著しい精神的苦痛を被った。右の精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも八〇〇万円を下らない。

(3) 鑑定料 二三五万円

原告らは、本件事故の真相究明のため、交通事故鑑定を江守一郎に依頼し、その費用として金一七〇万円を支払い、被告のスリップ痕の正確な位置の特定を写真家の栗本久に依頼し、藤倉測量事務所の費用を含めて中間金六五万円を支払った。したがって、原告らは鑑定料として、合計二三五万円を支出した。

(三) 弁護士費用 五〇〇万円

(四) 以上合計 一億一三七三万四〇八四円

7  原告らの名誉回復の手段としての謝罪文の交付

被告による大知及び原告らの名誉に対する侵害行為については、名誉毀損における原状回復の方法として単なる損害賠償では到底十分とはいえず、少なくとも、本件事故報道が実名入りでなされた読売新聞等に公表することを前提とした、別紙一のような謝罪文を原告らに交付することが不可欠である。

8  よって、原告らは被告に対し、それぞれ、不法行為に基づく損害賠償として五六八六万七〇四二円及び内金五四三六万七〇四二円に対する不法行為の日である平成二年六月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、並びに、民法七二三条に基づき別紙一のとおりの謝罪文の交付を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

1  請求原因1、2は、認める。

2  同3は否認する。本件事故の状況は、被告の主張のとおりであり、被告には過失はない。

3  同4のうち、被告がハング・オン走行をしていたこと、被告の本件事故現場付近での速度が時速約九〇キロメートルであったことは認め、和田、三村なる人物の存在及び本件事故時に同人らが被告の後続を走行していたとの点は不知、本件事故当時の松本車の速度及び被告が対向車線に車両や身体の一部を侵入させたとの点は否認する。

大知は、反対車線に進入し、下り車線道路端より二・二メートルの位置で被告車と接触した。被告は当日いわゆるローリング練習のため、あずさ霊園から東寒葉橋に向けて発進し、八つあるコーナーの第一コーナーの右カーブに入った。被告は右カーブを示すオレンジ色の菱形標識のある地点手前までに速度を時速六五キロメートル程度まで二速で引き上げ、ここで三速にギアをアップさせて更に緩やかに加速し、ハングオンの姿勢をとって走行した。カーブに入ったときはすでに時速九〇キロメートル前後の速度だった。被告はカーブに入って約五〇メートル前方の右側の崖の切れた位置から松本車が出てくるを発見した。発見時には松本車はまっすぐ被告に向き、大知の姿勢も上半身を起こした姿勢だった。被告はとっさに危険を感じ、ハングオンの姿勢の立て直しをはかったが、その直後、松本車と交差する際自車右側でパンという鈍い音がした。被告は、姿勢を立て直したところ、そのままガードレールに激突した。車両交差の時点で被告車を起こしきれていたかどうかは判然としない。

4  同5は否認する。

5  同6のうち、原告らが大知の損害賠償請求権を相続したとの点については不知、その余は否認ないし争う。

6  同7は否認ないし争う。

7  同8は争う。

三  被告の主張

松本車との接触前後を通じ、被告が対向車線にはみ出して走行したことはなく、松本車の対向車線侵入まで予期すべき義務はない。

また、仮に被告の方が対向車線にはみ出して走行した結果接触したとしても、大知は接触の直前に、急に起きあがり始め、センターラインに接近していったのであり、本件事故の原因は、必ずしも被告の「攻め」の走行が原因であるとは限らない。そして、大知自身も安全な速度を超過し、自車線中央よりセンターラインよりを走行したことが左転把を余儀なくさせたのであり、自車の走行を不安定ならしめたものである。

四  被告の主張に対する認否

否認する。

五  反訴請求の原因

1  本件事故の発生

本訴請求の原因2に同じ。

2  事故態様

大知は、大垂水峠から八王子市南浅川町所在のあずさ霊園に向けて松本車を運転中、自車線内を走行すべき義務に反し、センターラインを越えて反対車線に進出して被告車に接触し、被告車の走行の自由を奪って転倒させたうえ道路外に転落せしめ、よって被告に右上腕骨骨幹部骨折、腰部打撲、左足関節部打撲、右足関節部挫創の傷害を負わせたほか、被告車を破損せしめた。

3  責任原因

(一) 大知は、本件事故当時、松本車を所有し、同車を自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条により損害賠償義務を負うところ、同人の死亡により、原告らは大知の損害賠償債務を法定相続分に応じて二分の一ずつ相続した。

(二) 本訴における被告の主張のとおり、本件事故は大知の過失により発生したものであるから、大知は民法七〇九条に基づき損害賠償義務を負うところ、同人の死亡により、原告らは大知の損害賠償債務を法定相続分に応じて二分の一ずつ相続した。

4  損害

(一) 受傷による損害

被告は、本件事故に基づく傷害により、財団法人仁和会総合病院に平成二年六月一六日から同年七月三日までの一八日間入院し、同月四日から同年一一月一三日までの一三三日間に延べ一三日通院し、その後町田市民病院に同年一一月一九日から同年一二月八日までの二〇日間入院し、同年一二月一九日から平成四年二月一五日までの四二四日間に延べ二二日通院し(合計三八日間入院及び延べ三五日の通院)、その間治療を受け、以下のとおり損害を被った。

(1) 治療費 五五万六四六〇円

(2) 入院雑費 四万五六〇〇円

(3) 通院交通費 二万一五四〇円

仁和会総合病院への通院に際しては、一日につき往復九八〇円、町田市民病院への通院に際しては、一日につき往復四〇〇円の交通費が必要である。

(4) 上腕固定器具 二万一七八〇円

(5) 入通院慰謝料 二一〇万円

(二) 車両関係の損害

(1) 車両損害 五一万八一六二円

(2) レッカー車代 一万八五〇〇円

(3) 廃車費用 一万五九〇〇円

(三) 損害の填補

被告は、富士火災海上保険株式会社から四二万九五八〇円の支払いを受けた。

(四) 弁護士費用 五〇万円

(五) 以上合計 三三六万八三六二円

5  よって、被告は、原告らに対し、自賠法三条又は民法七〇九条に基づき、本件事故による損害賠償として、それぞれ三三六万八三六二円の二分の一である一六八万四一八一円及びこれに対する不法行為の日である平成二年六月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

六  反訴請求の原因に対する認否

1  反訴請求の原因1は認める。

2  同2のうち、大知が本件事故当時、大垂水峠から八王子市南浅川町所在のあずさ霊園方向へ向けて運転走行していたこと、松本車と被告車が接触したこと、被告が接触後、道路外に転落したこと、被告が上腕骨骨幹部骨折、腰部打撲等の傷害を負ったこと、被告車が破損したことは認めるが、その余は否認ないし争う。

3  同3は争う。

4  同4のうち、被告が仁和会総合病院に入院、通院したことは認めるが、被告が治療費の一部を保険会社から受領したとの点は不知、その余は否認ないし争う。

5  同5は争う。

七  原告の主張

本訴請求の原因3のとおり、本件事故は被告の一方的過失により発生したものであり、大知には過失はない。

八  原告の主張に対する認否

否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本訴請求に対する判断

1  木訴請求の原因1、2の事実、本件事故当時、被告がハング・オン走行をしていたこと、被告車の速度が時速約九〇キロメートルであったことは当事者間に争いがない。

2  右の当事者間に争いのない事実、成立に争いのない甲第二八ないし第三〇号証、第三七号証の一ないし四、第四一号証の二、第四二、第四三号証、第四七号証、第四九、第五〇号証、第六二号証、第六五ないし第六七号証、第六九、第七〇号証、乙第一ないし第五号証、第四二号証、証人熊沢孝久の証言により真正に成立したと認められる甲第二一ないし第二三号証、証人江守一郎の証言により真正に成立したと認められる甲第二〇号証、第三六号証、第三八号証、原告作造本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一ないし第一四号証、第一六号証、第一八、第一九号証、第三一ないし第三三号証、第三五号証、第四〇号証、第四一号証の一、第四四、第四五号証、第四六号証の一、第五二ないし第五六号証、第六一号証、第六三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一五号証、第一七号証、第二四ないし第二七号証、第三四号証、第四八号証、第五一号証、第五八ないし第六〇号証、第六四号証、第七一号証並びに証人熊沢孝久及び同江守一郎の各証言、原告作造及び被告各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件事故現場付近の状況

本件事故現場は、高尾方向から相模湖方向に至る国道二〇号(甲州街道)線上の道路で、本件事故現場に至るまでには高尾方向からも相模湖方向からもカーブが連なっているが、本件事故現場も高尾方面から見て北西方向へ湾曲してその途上にあって、しかも相模湖方向に向かって一〇〇分の六の上がり勾配になっている上に、道路の北側は崖で見通しは悪い。

本件事故現場付近の道路は、歩車道の区別のないアスファルト舗装道路で、片側車線幅三・四メートル、道路中央の幅約一五センチメートルの白色ペイントの実線とこれを挟んで引かれた幅約一五センチメートルの黄色ペイントの実線からなる幅員約四五センチメートルのセンターラインによって、上り車線(高尾方向に至る)と下り車線(相模湖方向に至る)とに通行区分され、道路の両側には幅約三〇センチメートルの白色ペイントの路側線が引かれ、その外側の一部には最大幅が上り車線では約二・六〇メートル、下り車線では約四・七五メートルの避譲帯が設けられているほか、公安委員会の指定により最高速度三〇キロメートル毎時、追い越しのための右側部分はみ出し通行禁止の交通規制がなされていた。

(二)  本件事故の背景と被告の走行

本件事故現場付近は、湾曲している道路と適度な勾配が魅力となって、自動二輪車愛好者、なかでも高速で走ることを好む者、その多くは若者を、惹き付けていたが、殊に本件事故が発生した数ヶ月前からは神奈川県寄りの道路は神奈川県警の取締りが強化されたことから、休みの日などには東京寄りの道路に多くのドライバーが集まっていた。彼らはカーブを高速で通過する際にも速度を落とさないために、自動二輪車をカーブの内側へ傾けるとともに、自分の腰を浮かせて自動二輪車の座席よりもカーブの内側方向に動かして重心を移動させることで遠心力とのバランスを取ろうとする走行方法(以下、このような走行方法を「ローリング走行」という)を練習しながら互いにその技を競っていた。また、これらの者のなかには、通過するカーブの半径を相対的に大きくするため、カーブを通過する際の進路をカーブの中心付近で最もカーブの内側へ近づくように、カーブ外側から内側へ、そして再び外側へという進路の取り方(以下「アウト・イン・アウト走法」という。)をする者が多く、このようなアウト・イン・アウト走法をとりつつローリング走行をすることを「攻め」と称していた。そして、彼らの多くは、本件事故現場から東方(高尾より)にあるあずさ霊園の駐車場付近から本件事故現場を通って西方の東寒葉橋までの区間の下り車線を「攻め」の練習コースとしていた。しかし、東寒葉橋からあずさ霊園駐車場まで戻る上り車線で「攻め」る者は多くはいなかった。「攻め」るときは、たまたま居合わせたライダー達の中で、技能が一番優れていると思われた者が先頭に立ち、その後に四、五台の自動二輪車が続くというのが一般的な走法であった。「攻め」は、大きなエンジン音を立てながらライダーが車体と姿勢を倒してカーブの中心方向へ切り込むように走るため、特にアウトコースを「攻め」ている場合、反対車線を走る対向車からは、「攻め」の自動二輪車があたかも自分を目指して飛び込んでくるように見え、右の走行に慣れていない運転者は驚きと恐怖を感じるのが一般である。

被告は、昭和六一年四月ころから自動二輪車の運転を始め、平成元年五月ころから本件事故現場よりも西方の神奈川県内の道路を走っていたが、その半年後くらいからは東京都八王子市内の本件事故現場付近で練習をするようになった。被告は、本件事故当日、あずさ霊園駐車場から東寒葉橋に至る下り車線で「攻め」て東寒葉橋で折り返してあずさ霊園駐車場に戻ることを三回繰り返した後、四回目の「攻め」を行うためあずさ霊園駐車場を被告が先頭となって出発し、その後に和田邦彦、三村幹、山田武夫の各車が続いた。被告車はあずさ霊園駐車場から東寒葉橋に至るまでに在る八個のコーナーの内の最初のコーナーである本件事故現場に至り、速度を約九〇キロメートルに上げ、いつもどおりのハング・オンの姿勢を保ってコーナーを回ろうとした状態のときに、視界を妨げていた前方の崖の後方から現れた松本車がハング・オンではなく立ち上がるような姿勢でセンターラインの方向に突き進んでくるのを認め、衝突の危険を感じて咄嗟にこれを回避しようとして姿勢を立て直したが及ばず、松本車と接触した。

(三)  本件事故現場付近の事故の痕跡等

本件事故現場付近には、本件事故により、別紙図面の<1>地点から同<2>地点にかけて同図面表示のとおり、松本車が印象した〇・八メートルにわたるタイヤ痕(以下、「大知タイヤ痕」という。)が、別紙図面の<3>地点から同<4>地点へかけて同図面表示のとおり、被告車が印象した約一一・四メートルにわたるタイヤ痕(以下、「被告タイヤ痕」という。)が存在する。

松本車は、本件事故により、ハンドル、ブレーキ、クラッチ、灯火関係、カウリング等が破損し、前照灯、メーター類が脱落し、車体の左側面に擦過痕があった。被告車は、カウリング、右バックミラーが破損していた。また、被告は、本件事故により、右上腕骨骨幹部骨折の傷害を負っている。

(四)  接触状況

松本車は、相模湖方向から高尾方向に向けて上り車線を時速約六四キロメートルで走行して来て本件事故現場付近に至ったのであるが、松本車の約一〇メートル後方を熊沢孝久の自動二輪車が追従していた。

熊沢が現認したところによると、松本車は、本件事故現場に至ったときには、上り車線の中央からややセンターライン寄りをカーブを曲がるため車体を傾けて(ハング・オン)走っていたのであるが、被告車と接触する直前に、車体が急に起き上がった状態になってそのままセンターラインに近づいていき、折からアウト・イン・アウト走法によりインの状態で最もセンターラインに接近してきた被告車と接触した。松本車がセンターラインに近づくような走行をしたのは、被告の攻めに身の危険を感じた大知が、僅かに左にハンドルを切ったことで遠心力とタイヤの摩擦力と重力との間で保っていたバランスが右に働く遠心力が大きくなったことにより崩れ、即ち、自動二輪車が起き上がり気味となり、大知の意に反して自動二輪車はセンターラインに接近していったと推定される。

ところで、高速でハンドルを急転把したときタイヤは回転面に沿って走行するのではなく、横滑りを起こすことはよく知られた物理現象であるが、大知が高速で走行中に左にハンドルを切ったと推定できることからすると、大知タイヤ痕は松本車の前輪タイヤによるブレーキ痕ではなく、横滑り痕と認定するのが相当である。松本車の本件事故当時のバンク角(傾き)は、その速度とカーブの曲率半径(本件事故現場では八〇メートル)から約二二度と計算でき、この角度だけカーブの内側へ傾いていたことが認められる。そして、その際の松本車の最も右側前方付近に位置するのは前輪タイヤ接地点(松本車線側の黄色線上)のほぼ真上にあるハンドル右側ブレーキレバー部分であるから、この部分が被告の上腕部と接触したと推認される。松本車と被告車との接触地点は、松本車の前輪タイヤ接地点から松本車ハンドル右側ブレーキレバーの真下付近までの長さは約二五センチメートルなので、大知タイヤ痕の始点(前輪タイヤ接地点)よりも約二五センチメートル相模湖寄りの上り車線側黄色線上の地点(別紙図面<×>地点)であると認められるから、被告の身体及び被告車の一部が、道路中心線を越えて松本車線側の黄色線上まではみ出した結果、松本車のハンドル右側についているブレーキレバーと被告の上腕部とが接触したと推認できる。

松本車は被告車と接触し、ふらついた後、左側面から転倒して、対向車線の方向へ滑走し、下り車線上で被告車の後続車両である和田車と「ガシャーン」という音を立てて衝突し、大知の身体は松本車よりも対向車線の東方へ滑走し、和田の後続車両であった三村車に衝突した。他方、被告車は傾いていた車両が接触により立ち上がって相模湖方向へ進行を続け、カーブを曲がりきれずに、下り車線の避譲帯に被告タイヤ痕を印象した後、ガードレールに衝突し、被告の身体及び被告車ともにガードレールの外側へ転落した。被告は、松本車を発見して危険を察知したことから、上体から逃げるような形で回避行動をとり、被告車の車体を起こそうとしていたものと推認されるが、車体がどこまで起きたかは明らかではない。

(五)  本件事故の実況見分の実施状況

熊沢は、本件事故当日の実況見分時に警察官から事情の説明を求められた際に、警察官からセンターライン上にタイヤ痕があると聞いたことから、松本車がセンターラインを越えたところを見てはいないにもかかわらず、松本車がセンターラインを越えたと説明してしまった。

また、被告立会いの実況見分において接触地点を被告が指示説明して三角錐が置かれている写真が撮影されているが、同調書添付の見取図の各地点は、現場付近の道路溝や黄色線の濃淡の位置関係と比較すると、全体的に高尾方向へ移動されており、右見取図は実況見分の結果が正確に記載されているとはいえない。

(六)  本件事故後の被告の言動

被告は、本件事故後、仁和会病院へ収容され、三村と同じ病室に収容された。被告は、三村に対し、松本車のスピードが制限速度を上回っていた旨の発言はしたが、特に詳しい話はしていない。被告は、本件事故の翌朝、はじめて警察官から事情を聴取された。警察官高橋秀基が事情調査に来たときには、松本車と接触したか否かの事実の確認を求められ、接触したと答えた。被告車のスピードについて、制限速度を守っていなかったではないかとの問いに対して、そうですと肯定し、時速六〇キロメートル前後と答えたが、本件訴訟においては、最終的には、本件事故時に時速約九〇キロメートル程度出ていたことを認めている。

(七)  本件事故に関する新聞報道の経緯

平成二年六月一八日の読売新聞(朝刊)多摩版に、本件事故に関する報道がなされた。右記事には大知の運転するバイクと和田の運転するバイクが接触した旨の記載はあるものの、被告の氏名は記載されておらず、大知がスピードを出しすぎ、下り坂の左カーブを曲がりきれずにセンターラインを越えたのが事故原因と見て、さらに詳しく調べている旨記載されていた。右新聞記事は、八王子警察署から本件事故に関する情報をファックスで受けた読売新聞の記者が、これをもとに作成したものである。

(八)  大知は本件事故による転倒及び後続車との衝突等の衝撃により、頸骨骨折等の傷害を負い、平成二年六月一六日午後七時ころ、右受傷により死亡した。大知は原告らの一人息子であった。

3  右認定事実によれば、本件事故の最も大きな原因は被告が国の重要幹線である国道上で規制の速度毎時三〇キロメートルを遥かに越える九〇キロメートルもの高速をもって特殊な走法の練習を行っていたことが対向車線を走っていた松本車の運転者である大知に恐怖感を抱かせ、その操縦を誤らせて同人の意思に反してセンターラインへ自動二輪車の車体を接近させるという行為を誘発させたことにあることは明らかである(大知が被告と同様なローリング走行の練習を行っていたと認めるに足りる的確な証拠はない。)が、なおその上に被告は、本件事故現場が東から北西方向へ湾曲していて北側には崖が迫っている見通しの悪い道路であるから、自動二輪車の運転者としては前方を注視して対向車両の動向に注意するとともに、ハンドルやブレーキ等を適切に操作してセンターラインを越えないように走行すべき注意義務があったにもかかわらず、被告は右注意義務に違反し、本件事故現場にさしかかった際、被告車及び被告の身体の一部をセンターラインを越えて対向車線側の黄色線上に侵入させた過失もあって、これが直接の原因となって松本車と接触し、その結果大知を死亡させたことが認められる。

被告は、大知タイヤ痕よりも東側で接触したことを前提として、松本車が被告車の車線側に侵入してきた後に接触した旨主張し、この主張に沿う証拠として被告が立ち会った平成二年七月一〇日実施の実況見分調書(乙第一号証)を挙げるけれども、右実況見分調書の記載内容は和田邦彦作成の陳述書(甲第八号証)、熊沢孝久作成の陳述書(甲第二三号証)及び証人熊沢孝久の証言に照らして採用できない。

4  大知の損害

(一)  逸失利益 四二六二万三四四五円

成立に争いのない甲第四一号証の二及び原告作造本人尋問の結果によれば、大知は、昭和四七年八月七日生まれで、本件事故当時一七歳の高校生であったこと、大知の父親である原告作造は大学を卒業していること、大知の姉も本件事故当時大学生であったことが認められるから、大知も本件事故がなければ、高校卒業後は大学に進学し、二二歳から六七歳まで稼働して収入を得ることができたものと認めることができる。右の期間の逸失利益を平成二年の賃金センサス第一巻第一表の大学卒男子労働者の平均年収額六一二万一二〇〇円を基礎とし、生活費控除率を五〇パーセント、右の期間に対応するライプニッツ係数を一三・九二六五(一八・二五五九-四・三二九四)として計算すると、大知の死亡による逸失利益は四二六二万三四四五円(円未満切捨て)となる。

(二)  慰謝料 一六〇〇万円

前記認定のとおり、大知は本件事故により死亡したところ、前記3認定の事実によれば、その苦痛を慰謝するには慰謝料として一六〇〇万円が相当である。

(三)  八王子医療センターでの治療費 〇円

前掲甲第四一号証の一、二によれば、大知が八王子医療センターに収容され、死亡までの間治療を受けたことは認められるけれども、治療費の額及び原告らが八王子医療センターへ治療費を支払ったことを認めるに足りる証拠がないから、この点の請求は認めることができない。

(四)  レッカー作業費 一万八五四〇円

原告らの出費額を直接認めるに足りる証拠はないが、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三八号証の一、二によれば、被告が被告車のレッカー作業費用として一万八五四〇円を支払った事実が認められるところ、松本車についても被告車同様、レッカー作業費が必要であったことは明らかであるから、松本車のレッカー移動についても、同額の一万八五四〇円を損害として認めることができる。

(五)  葬儀費用 一〇〇万円

本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は一〇〇万円と認めるのが相当である。

(六)  右(一)ないし(五)の損害額の合計は五九六四万一九八五円となる。

5  原告らの相続

弁論の全趣旨によると、原告らは大知の損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したことが認められるから、原告らの損害額はそれぞれ二九八二万〇九九二円となる。

6  損害賠償請求関係費用 原告らにつき各一〇〇万円

前記2掲記の各証拠によれば、原告らは、本件事故態様を解明するために事故状況を交通事故工学の専門家に、スリップ痕の位置特定を写真及び測量の専門家に、それぞれ鑑定を依頼する必要があったことが認められる。そして、原告作造本人尋問の結果によると、鑑定に要した費用として、江守一郎に対して一七〇万円、栗本久及び藤倉測量事務所に対して六五万円の合計二三五万円を支払ったことが認められるところ、これらの費用のうち、二〇〇万円(原告らにつき各一〇〇万円)が本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

7  過失相殺

前記2掲記の各証拠によれば、本件事故現場付近の国道二〇号線は、カーブの連続する山間部の道路であり、カーブの北側には切り立った崖が迫っていて見通しが悪く、松本車はそのカーブの内側を走行していたことからすると、対向車両がセンターライン付近を走行することもあり、その場合にはセンターライン付近での衝突の可能性も予測できるところであるから、大知においても、本件事故現場のカーブを通過するに際しては、前方を注視して対向車両に注意するのはもちろん、ハンドル、ブレーキ等を適切に操作して、可能な限り左寄りを通行して対向車両との接触の危険を回避すべき注意義務があったところ、大知は対向車線のセンターライン付近を走行してきた被告車を発見した際、そのままの態勢で走行していれば接触することはなかったにもかかわらず、被告の走法に誘発されたとはいえ、不適切な動作から、かえってセンターラインに近づいていった結果、被告車と接触することになったことが認められるから、本件事故が発生したことにつき大知にも一定の過失があるというべきである。そして、大知の右過失は損害額の算定につきこれを斟酌すべきところ、右認定事実及び前記2認定の事実を総合すれば、大知の過失割合は一五パーセントと認めるのが相当である。そこで、原告らの損害額に一五パーセントの過失相殺をすると、過失相殺後の原告らの損害額は、それぞれ二六一九万七八四三円となる。

8  弁護士費用 原告らにつき各二五〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは被告に対し損害賠償を請求するため弁護士である原告ら訴訟代理人両名に対し本件訴訟の提起追行を委任し、相当額の報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の経過、事案の難易度、審理期間及び認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は原告らにつき各二五〇万円と認めるのが相当である。

9  名誉毀損について

原告らは、被告が大知及び原告らの名誉を毀損したとして、名誉毀損のための調査に要した費用及び慰謝料の支払並びに謝罪文の交付を求めている。しかし、前記2掲記の各証拠によれば、本件事故を報じた読売新聞の記事は読売新聞の記者が警察の発表に基づいて作成したもので、被告が執筆、掲載したものではないことが認められるから、読売新聞の前記記事が掲載されたことをもって被告の名誉毀損行為とみることはできない。また、前記2掲記の証拠によれば、被告は自分が警察官に述べたことが新聞記事となって公表されることを確知していたとは認められないから、この点からも読売新聞の前記記事をもって被告の名誉毀損行為とみることはできない。前記2掲記の証拠によれば、被告は事故直後には自車の速度が時速約六〇キロメートルであったと述べていたこと、被告はローリング走行をしていた事実を積極的に述べなかったことは認められるけれども、これは事故直後に警察官から事情を聞かれた際に述べたものであって、公然性の要件を欠くうえ、被告が自車の速度につき事実と異なる供述をしても、また、ローリング走行をしていた事実を積極的に述べなかったとしても、これをもって他人の社会的評価を害するに足りる事実を摘示したとはいえないから、被告が大知及び原告らの名誉を毀損したとはいえないというべきである。そうすると、被告が大知らの名誉を毀損したことを前提とする前記各請求はいずれも理由がない。

10  以上によれば、原告らの本訴請求は、原告らが被告に対し損害賠償としてそれぞれ二八六九万七八四三円及び内金二六一九万七八四三円に対する不法行為の日である平成二年六月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

二  反訴請求に対する判断

1  反訴請求原因1の事実及び被告が右上腕骨骨幹部骨折、腰部打撲等の傷害を負ったことは当事者間に争いがない。

2  本訴請求に対する判断2及び7認定の事実によれば、大知にも前記認定の過失があるから、大知は民法七〇九条に基づき被告の被った後記損害を賠償する責任を負う。

3  損害

(一)  受傷による損害

(1) 治療費 五五万六四六〇円

成立に争いのない乙第六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七ないし第三五号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告は本件事故による受傷の治療費等として、仁和会総合病院へ四二万九五八〇円、町田市民病院へ一二万六八八〇円の合計五五万六四六〇円を支払ったことが認められる。

(2) 入院雑費 四万五六〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第六ないし第三五号証によれば、被告は、平成二年六月一六日から同年七月三日まで仁和会総合病院へ、同年一一月一九日から同年一二月八日まで町田市民病院へ、合計三八日間入院したことが認められ、その間被告において、相当額の雑費の出捐を余儀なくされたことは容易に推認でき、その額は一日当たり一二〇〇円を相当とするから、右雑費出捐による損害は合計四万五六〇〇円となる。

(3) 通院交通費 二万一五四〇円

成立に争いのない乙第六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第九号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告は、仁和会総合病院へ一三日間、町田市民病院へ二二日間、通院していることが認められ、弁論の全趣旨から、仁和会総合病院への通院に際しては、一日につき往復九八〇円、町田市民病院への通院に際しては、一日につき往復四〇〇円が必要であると認められるから、右期間の通院交通費は二万一五四〇円となる。

(4) 上腕固定器具 二万一七八〇円

成立に争いのない乙第六号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三六号証によれば、被告が上腕骨を骨折して、その固定に必要な器具を購入するために二万一七八〇円の出捐をしたことが認められるから、右器具の購入に要した費用二万一七八〇円も被告の損害となる。

(5) 入通院慰謝料 一八〇万円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六ないし第三五号証によれば、被告は平成二年六月一六日から同年七月三日まで仁和会総合病院へ、同年一一月一九日から同年一二月八日まで町田市民病院へ、合計三八日間入院したこと、また、平成二年七月四日から同年一一月一三日まで仁和会総合病院へ一三日間通院し、同年一一月九日から平成三年一二月二五日までの間に町田市民病院へ二二日間通院していることが認められるから、被告がこの間の入通院により精神的苦痛を受けたことが認められるところ、右の入通院期間によれば、慰謝料の額は一八〇万円と認めるのが相当である。

(二)  車両関係の損害

(1) 車両損害 〇円

被告車が破損した事実は認められるが、その損害額を算定するための証拠は提出されておらず、右損害額を算定することができないから、結局、右損害を認めることができない。

(2) レッカー車代 一万八五〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三八号証の一、二によれば、被告が被告車のレッカー作業費用一万八五四〇円を有限会社オハラ・レッカーに支払った事実が認められ、右損害額のうち、被告が請求する一万八五〇〇円を損害として認めることができる。

(3) 廃車費用 一万五四五〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三七号証、第三九号証の一、二によれば、被告が被告車の引取り及び廃車手続に際して、その費用として、有限会社ホンダ二販パートに一万五四五〇円を支払った事実が認められるから、右費用一万五四五〇円も被告の損害となる。

(三)  そうすると、被告の損害額の合計は二四七万九三三〇円となる。

4  過失相殺

前記一の2、7認定の事実によれば、被告には本件事故につき、八五パーセントの過失があると認められるので、被告の前記損害額合計二四七万九三三〇円から八五パーセントを控除すると、その残額は、三七万一八九九円(円未満切捨て)となる。

5  損益相殺

被告が自賠責保険から四二万九五八〇円の支払いを受けたことは被告がこれを自認するので、前記の被告の本件事故による損害三七万一八九九円から右受領額を控除すると、被告の損害はすべて填補されていることが明らかである。そうすると、被告の反訴請求は理由がない。

三  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、原告らが被告に対し、それぞれ二八六九万七八四三円及び内各金二六一九万七八四三円に対する本件事故の日である平成二年六月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、また、被告の反訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 畔栁正義 矢崎博一 岩田光生)

別紙一 謝罪文

一九九〇年六月一六日、私が、貴殿らのひとり息子である松本大知氏に対し、八王子市南浅川町四一六五番地先国道二〇号線上において、制限速度を六〇キロメートルも上回り上体を対向車線内に侵入する危険走行中に発生させた交通事故によって大知氏を死に至らしめたうえ、その事実を隠し、事故原因につき、大知氏のスピードの出し過ぎによるセンターライン・オーバーが事故原因と、大知氏の一方的な過失によるものである旨の虚偽の発言を行ったことにより、貴殿ら並びに大知氏の名誉を長年にわたり傷つけ、貴殿らに著しい精神的苦痛を与え、誠に申し訳ありません。

よって、ここに深く謝罪するとともに、将来再びこのような言動を行わないことを誓約致します。

町田市野津田町一八四八番地

八木郁夫

八王子市大楽寺町三一八番地

松本作造殿

松本槙子殿

図面 事故現場見取図

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